姉が亡くなりまして。

この10年で、姉はまったく別人のような体になりまして、とうとう先月亡くなってしまいました。

昨年10月末、心筋梗塞で倒れ、循環器センターに運ばれましたが、信じられない程の症状で、「会わせたい方々には会わせてあげてください」とお医者さんから言われたと連絡があり、急いで宮城へ行きましたが、完全な治療も出来ず、その後11月には自宅に帰る事が出来ました。

それから約3カ月、2月23日、夜布団へ入った後3時間後には呼吸が止まっていたと。

その人の最後ですが、とにかく寒くて大変でした。
馴染みのない県北の葬儀場と、更に北部の火葬場。
火葬場はどこも忙しいそうです。

とりあえず、一通りの事が終わり、先に帰宅していた夫が熱を出した事もあり、帰宅したのが3月2日。
一人残った義兄を手伝うため、また行かないといけません。


95歳の母がまだ元気でいるのに、69歳で亡くなってしまった姉。
若い頃は、私よりも馬力があったのに、ここ10年でガタガタになっていく姿は、現実とは思えないようでした。
でも、最後は義兄に介護されて、静かに逝ってしまった姿は、幸せだったのだと思いました。


私はまだ実感として捉えられない感じです。


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これらを買ってきて、植える間もなく宮城へ駆けつけました。
今もまだこのままです。
明日は植えてあげたいです。
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# by kebinmay | 2015-03-04 22:26

さびしい、我が家の庭。

思えば、昨年の今頃は、関東は大雪で、交通機関も止まってる中、私は高知市を目指して行ったのでした。
あれからもう一年が過ぎたのですね。
高知の友人方には、大変お世話になりました。忘れられない思い出です。

そんな事になるきっかけだった、龍馬マラソン参加の次男達は、今年は京都マラソンへ行きました。
結果はまだ聞いていませんが、きっと寒かったことでしょう。


こんな時期の我が家の庭は、木々の葉っぱは無く、ある物は色に精彩が無く、なんとも寂しい限りです。
そんな中でも、今日の暖かさで、鉢植えの梅が、何個か咲きだしました。
蕾は沢山付いてるのですが、白と紅の内の白い方が咲きだしました。
小さいけれど、良い匂いがして、こころウキウキ感が出てきますね。

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沈丁花は、今まではもっと、蕾が赤くなっていたと思うのですが、この冬はまだそれ程膨らんではいません。
まだ2月ですが、この沈丁花が咲きだして、匂いが漂う頃、春を実感しますね。
私にとっては、沈丁花の匂いが、春の匂いです。
あと一カ月もしたら、咲きだすかな?


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寒さが和らいだら、鉢植えの植物達を、植え替えてあげないといけませんね。
勿論、私は小さい物だけ。
結局は、夫にお願いする事になるでしょう。
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# by kebinmay | 2015-02-16 22:01

昨日から、鼻が詰まります。

風邪かしら?
と思ったのですが、夜になると鼻が詰まるんです。
外の空気が入ってきたり、外に出て中に入ったりの時は、クシャミが連続で出ます。
私は、寒冷蕁麻疹があるので、冷たい空気のせいかな?とも思いますが、鼻も詰まるんですよね。
でも、目はまだ大丈夫。ドライアイ用の目薬使ってますけど、それで間に合ってます。
そろそろ花粉が飛散してるそうで、私はこの春から酷くなるのだろうか?
遠慮しておきたいのにな。


最近は、酷いニュースが多くて、先月はそんな中で、錦織 圭君のテニスが、毎日の希望でした。
同じ時期、サッカーのアジア大会も、オーストラリアで行われていたのですが、これが負けてしまってからは、錦織君だけが希望でした。
ですが、負けてしまった時は、思い、酷いニュースだけの日常になり、ほんとに重い日々でしたね。


その後、人質になった人達は、救出する事は出来なかったのか、とか、首相の発言の性だったのではないかとか、国会でもそんな発言だけが飛び交い、ちょっと違うんじゃない?と言いたくなるような政治家さん達の発言でした。

NHKでの番組で、「イスラム国」から逃げて来た、シリアの若者がインタビュー受けてました。
「最初は、ネットに詳しいので協力するようにと、連れて行かれた」街の中や、様々な映像の撮影をしながら、それらをネットで世界へと発信する仕事だった。
それがだんだんと「イスラム国」の残虐さが出てきて、彼はなんとか逃げ出す事に成功した。
逃げ出して故郷へ帰ったが、友人たちから、「イスラム国」が探しに来るから逃げろ、と言われて、今はトルコに逃げていた。
自分が逃げた後、実家へ「イスラム国」がやって来て、弟を連れて行った。
と言いながら泣いていた。彼は、「ただ、昔子供の頃遊んでいた、そんな故郷に帰りたいだけなんだ」と。

彼の意志でもなく、今まで暮らしていた土地や町や家も、家族さえバラバラになり、自分も逃げながら他所の国にいる。ほんとに大変な事だと思いますよね。
こんな状態を無くすためには、どんな人とも、毛嫌いせずに、語り合う事が大切だと。
何かに理由を付けて、自分以外の人との関わりを避けていたら、こんな社会が出来てしまうと。


簡単にいえば、世界の平和も、身近な人とのコミュニケーションから始められる、と言う事なんだと思います。
ヨーロッパ等は、更に身近な問題に成っていて、デンマークの「オーフスモデル」と言われる施策を行っているようです。
シリアから帰国した若者を、逮捕して刑務所に入れるのではなく、一人一人にカウンセラーが付き、対話を繰り返し、学校への復学の助けをしたり、就職のあっせんをしたり、その若者がシリアへ戻る事のないよう、色々手助けするようです。

日本も、若者たちに対しての、興味本位でもシリアへ行かない様、もっとコミュニケーションを取って、そんな施策を、政治家さん達には話し合って頂きたい。
今、社会で起きてる様々な問題は、社会で人々がコミュニケーションを無くしてしまったから、と言える事が多いように感じます。

遠い、中東で起きている事、と思っているのは大間違いで、気軽に旅行へも行けませんよね。
もし行って、そこの人に日本語で声をかけられても、無視するんですって。
日本人と確認されないように気を付けるんですって。
大勢人がいる場所には、長居しないように。短時間で移動すること。
危機管理専門家の人が言ってました。



今日の写真は、初級、二作目の課題です。
まだまだ本格的には縫い始められませんが、仕付を始めて見ました。
マチ針を長い事付けたままでは、錆びてきたりすると、布に色がついてしまうので、マチ針を外すためにも、仕付をしないとね。
微妙な色合いは、この写真では出せませんでした。
何カ月かかるかわかりませんが、綺麗に出来るといいな、と思っています。




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# by kebinmay | 2015-02-13 00:46

体重が減ってます。ちょっとね。

入院して、病院の食事が凄く少なくて、それでもカロリーは充分あったのにはビックリでした。
決して美味しい事は無く、最初は足りなくて、お腹が空いたりしていましたが、その内手術が近づいて、絶食になって、最初に出て来るのがお粥です。
それも、調子の悪い時期なので、なかなか食べられません。
一緒に入院していた看護師さんは、「食べないと回復しないから」と無理にも食べていましたが、私はそれも出来ませんでした。


4日後くらいから食べ始めたのですが、ご飯は少なめでした。
それが続いてるのか、自宅へ帰っても、ご飯が食べられません。
全体的に、量が少なくなりました。
結果、退院した後も、体重が減っています。
着てる物が、スカスカしますし、ズボンがズルズルです。(たった4キロ減っただけなんですけどね)
でも、これでまた着る物を買ったら、すぐ着れなくなりそうで、我慢が一番だろうな、と思って我慢しています。


顔にもシワが出るようになりました。
これは右がまだ完全ではないので、そのせいもありますが、今日あたりは左にも目立ちます。
目尻が一番気になります。
何とか対策しないとね。


ちょっと疲れやすいだけで、だいぶ普通になってきました。
昨秋、手を付けられなかった、冬用の課題「クリスマスツリー」のキルトを、トップだけでもと思ってチクチクしました。
最初はなかなか集中出来ませんでしたが、今はだいぶ普通になりました。
「クリスマスツリー」は、次の段階は先生に教えて頂いてから、と言う事で、更に次、夏の課題だった物を、今始めています。
こんな風に、手を付けたり、まだ付けて無かったりの物等、課題は3個持っています。
今は教室では、ビーチサンダルバックを作っているらしいのですが、私はパスしたいな。


クラスの皆さまから、応援メッセージを頂いています。
ありがたい事です。


できれば、3月からまた教室へ戻りたいと思っています。

はてさて、どうなることか。




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こうしてみると、我が家はちょっと暗いですね。
いつも夜になるからか、昼でも太陽が当たらない部屋だからか、暗い写真になりますね。
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# by kebinmay | 2015-02-10 23:46

今日は、とても穏やかでした。

2月も一週間が過ぎました。
今日は穏やかでしたけど、明日はお天気も良くなく、風が強くなるようです。
私はこの風が一番嫌いです。


先月24日に、退院後初めての外来で、大学病院へ行きました。
傷を診るでもなく、どうですか?と聞いただけでお終いでした。
結果、今回の手術で、ガンはすべて取れたようで、放射線治療も、抗がん剤治療もありませんでした。
ケビンと一緒です。よかったよかった。


こんな時も私は一人で受診です。
夫は、この日が外来と言う事を知っていながら、仕事関係の用事を入れてしまったのです。
典型的な、昭和の仕事人間です。
昨日のNHKの番組で、「ガン哲学」と言う事を取り上げていましたが、そこに流れていたTwitterでの視聴者からのコメントに、「経験のない事はわからない」、とありましたが、正直そうかもしれない。
でも、経験者としては、すごく辛くなる時が必ずあります。
その時、何も言葉は無くて良いのです、そっと背中に手を当てて頂いてるだけでも良いのです。
一人にしないでください。と伝えたいです。


ちょうど病院からの帰りに、バス停に行くと、同じ病棟に入院していた方がいました。
その方は今も入院されてるのですが、余命三カ月と診断されて、私が入院していた時はすでに半年が過ぎていました。
きっと、治療しなければ三カ月って事だったのでしょうね。
抗がん剤治療を何度も繰り返し、放射線治療も繰り返し、言ってた事は、抗がん剤治療は終わって10日間が地獄だったと。
治療の間は何事も無く、終わった途端やってくる吐き気。
何も吐く物が無くても吐き続け、三日目くらいから、もう生きててもしょうがない、飛び降りて終わりにしようか、と思ったと。


それは誰にでもやって来るのですね。
私は抗がん剤治療はしていませんけど、術後3日間に必ず辛い日があって、その時同じように思いました。
今回もそうでした。
頭の中が、これから先も年を取るだけの事、更に今後生きて行ってもまたガンになるかもしれないと言う事、そこから考えが抜けられなくなるのです。


それでも、私は四日目にはその事が頭から無くなるのですが、今回は前回よりは軽かったので大丈夫かと思ったのですが、同じように出て来ました。
全身麻酔からの回復の過程で、そのような状態になる事がある、と言うお医者さんもいるのですが、今回出会った入院されてる方は、麻酔はしていないんですよね。
人間、苦しさの中で、そんな状態に襲われるのかもしれませんね。


彼は今回は抗がん剤の副作用で、顔にもありましたが、潰瘍が出来ていました。
それが体中になんです。
背中は膿が出ていると言っていましたが、腕を見せてくれました。
綺麗に並んで全体に小豆位の大きさで、色が赤サンゴ色のオデキが全体にです。


人間とはなんと強いんだろうと思いました。
悪いところを治す為の薬で、あれほどの副作用に襲われて、それでも頑張って生きられる。
彼には勇気をもらいます。
彼は私にいつも、気を付けてね、良かったね、と声をくれます。
私も今回バス停で会えるとは思ってもいませんでしたが、会えた事で、声をかけ、話す事が出来ました。


世の中、もっと普通に、ガンについて話が出来ると良いのに、とも思っています。
私は自分が何度か経験していると、つい口からその事について出てしまいそうになります。
でも、相手によっては、ガンと聞いただけで引いてしまう事があります。
そんな状態なので、口にもせず、一人で耐えてる人が多いかもしれません。
もし身近にそんな人がいたら、そっと背中に手を当ててあげてください。
それだけで、随分助かるはずです。




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ケビンのご飯を、ケビンより先に食べたヴォス。
美味しかった、と言ってるようです。
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# by kebinmay | 2015-02-08 00:00